西馬音内御嶽神社(西馬音内宮廻)
永正12年(1514)沼沢兵部(竜永)が京都府亀山より横手に移住し横手城主小野寺輝光より横手御嶽山の別当を命ぜられ後、天文10年(1541)西馬音内に御神体を移し、明学院として創立したのがはじまりで、明治元年、大政官布告による神仏分離令の発令により御嶽神社となった。
祭典は大正年間までは9月16日から5日間行われたが、現在は9月第3土曜日に宵祭、第4日曜日に御神輿行列や奉納相撲などが行われている。祭典日当日は、境内で小学生による奉納相撲が行われ、獅子舞が祭典の先触れに回り、続いて御神輿行列、各町内で作成した山車を引いて賑わう。
また、境内には、町指定有形文化財の前郷神社・木造蔵王権現立像・御嶽神社棟札、県指定有形文化財の板碑、県指定有形民俗文化財の御嶽神社獅子頭(歴史民俗資料館で展示)、佐藤信淵の碑などの文化財も多い。さらには、西馬音内盆踊りはこの境内で豊年祈願として踊られたのがはじまりとも云われている。